概要
「濃度」とは、 有限集合で言う所の“集合の元の数”に相当する概念です。 無限集合に対して「元の数」というと少しおかしいので、濃度という言い方をします。
「元の個数」で説明したように、 有限集合 S の場合、 S と「同値」な自然数がただひとつ定まるので、 その自然数によって S の元の数を定義しました。
これに対し、無限集合の元の数は自然数で表すことができないので、 数の概念を拡張する必要があります。 無限集合の濃度を表すための概念として、 「基数」とも呼ばれるものがあります。
この基数の概念を説明するには、 その下準備としてまず、集合の大小、すなわち「順序関係」についての説明が必要になります。 そして次に、自然数の和・積・大小関係を無限集合に対して拡張した「順序数」というものについて説明します。 そして、集合 a の基数、あるいは濃度(cardinality)と言うものを、 a と「同値」な最小の順序数として定義します。
順序集合
集合 a の2つの元の間の「関係」f が以下の条件を満たすとき、f を順序関係(order relation)と言います。
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f ⊃ Δa
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f ∩ f−1 = Δa
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f ∘ f ⊂ f
ただし、 Δa は a × a の対角集合 Δa = { (x, x) | x ∈ a } です。 3行目の f ∘ f は関係の合成を表します。
説明の補足のために具体例を挙げると、 自然数の大小関係 ≦ はこの条件を満たしています。 1. の対角集合を含むというのは、x ≦ y という関係が x = y という関係を含むという意味で、 2. は x ≦ y かつ x ≧ y ⇔ x = y と言う意味です。 3. は x ≦ y かつ y ≦ z ⇒ x ≦ z です。
集合 a と関係 f を合わせて(「順序対」を作って) (a, f) を順序集合(ordered set)と呼びます。 このとき、a は (a, f) の台集合(support)といいます。 順序関係 f が明らかな場合には、 省略して、単に順序集合 a と表すこともあります。
x, y ∈ a に対して、 (x, y) ∈ f のとき、 x ≦f y と表すことにします。 (本来は、図1のように、< を少し凹ませたような記号を使いますが、 フォントの都合でこのように整数の大小関係の記号で代用します。 f を書き入れる場所も、本来は演算子の真下ですが、 表示の都合上、右下に表記します。 ちなみに、< を凹ませたほうを precedes、> の方を succeedes と言ったりするようです。 )
追記:ページを Unicode にしたらprecedes, succeedes 記号表示できるみたい → ≺, ≻
また、これもここでのみの記法ですが、 x ≦f y かつ x ≠ y のとき、 x <f y で表します。 (本来は、図1の preceding 記号の下に ≠ を書いた記号を使います。)
大小関係以外にも、 任意の集合間の包含関係や、 整数の整除関係(「x が y を割り切る」という関係) も順序関係になります。
整列集合
前節で定義した順序集合は、 「順序関係によって順番に並べられた集合」なわけですが、 必ずしも「綺麗に並べられた集合」にはなりません。 綺麗ではないというのはどういうことかというと、 まあ、実例を挙げてみるなら、 包含関係や整除関係による順序には以下のような問題があります。
まず、包含関係を I で表すと、 {a, b} ≦I{a, b, c} や {b, c} ≦I{a, b, c} などはいいのですが、 {a, b} と {b, c} の間には {b, c} ≦I{a, b} という関係も {a, b} ≦I{b, c} という関係も成り立ちません。 この順序は判別できないことになり、 したがって、 { {a, b}, {b, c}, {a, b, c} } という集合には、包含関係による順序関係を使う限り、 最小値が存在しないことになります。
整数の整除関係に関しても同様で、 整除関係を E で表すと、 1 ≦E 2 ≦E 6 , 1 ≦E 3 ≦E 6 , などは成り立ちますが、 2 と 3 の間には 2 ≦E 3 も 3 ≦E 2 も成り立ちません。
これに対して、 順序集合 (a, f) の 任意の2つの元 x, y に対して、 x ≦f y か x ≧f y の少なくとも一方が成り立つとき、 (a, f) を全順序集合(total ordered set)と呼びます。
全順序集合であっても、 整数全体の集合のように、 (-∞ まで続くいたりして)最小値を持たない集合も存在します。 そこで、順序集合 a の任意の部分集合 s が最小値を持つという条件を考えます。 この条件を満たすとき、 順序集合 a を整列集合(well-orderd set)と呼びます。 整列集合は全順序集合になりますが、 整数全体の集合が反例となっている通り、 その逆は成り立ちません。
順序同型
2つの順序集合 (a, f) , (b, g) が、集合として同値なだけでなく、順序まで含めて同等な関係を持つとき、 2つの順序集合は順序同型であるといいます。
正確には、 a から b への「写像」F: a → b が、 任意の x, y ∈ a に対して、
を満たすとき、 F を単調写像(monotonous mapping)といいます。 さらに、もし F が「全単写」ならば、 F を順序同型写像(order isomorphism)といい、 (a, f) と (b, g) は順序同型(order isomorphic)であるといいます。
順序数
などという形で表されます。 見ての通り、任意の自然数 n は、 n より小さい全ての自然数を含む集合です。
これを一般化して、 「整列集合」 (a, f) の任意の元 x が x 以下の元を全て含む、すなわち、 s(x) = { y ∈ a | y <f x } と置いて、
た成り立つとき、 (a, f) を順序数(ordinal number)と言います。
整列集合 (a, f) があるとき、 (a, f) と順序同型な順序数 α がただ1つ定まります。 この順序数を α = ord(a, f) あるいは単に α = ord a で書き表し、 a の順序数と呼びます。
あるいは、 ord a は順序型(order type)とも呼ばれます。 すなわち、 2つの整列集合が順序同型なとき、 2つは同じ順序型を持つといい、 その「型」を ord a という記号で表すわけです。
さて、この順序数というものには、 次節以降で述べる方法で和、積、順序関係を定義できます。 少々複雑ですが、 要点だけ先に述べてしまうと、以下のような集合が作れるということです。
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自然数の和・積・大小関係を、無限集合に対して自然に拡張したものになっている。
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順序数が有限集合の場合、その演算・関係は自然数のものと一致する。
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無限集合の場合、積の交換法則は成り立たず、和と積の間の分配法則も成り立たない。
順序数の和
2つの順序集合 (a, f) , (b, g) を考えます。 これらの「台集合」a, b に対して、
(ただし、⊕ という記号は「直和」を表すものです。 また、× は「直積」を表します。) という集合を作ると、 a, b それぞれの元が何であれ、 別々の元だとみなして直和を取ったものを作れます。
この直和集合に対してさらに、 (x, y ∈ a ∪ b, m, n ∈ 2 として、)
という順序関係 ≦ を導入すると、 (a, f) , (b, g) が共に整列集合ならば、 (a ⊕ b, ≦) も整列集合になります。
この整列集合を使って、 順序数 α = ord a , β = ord b の和を
で定義します。
a, b が自然数の場合、 この定義は自然数の和に一致します。 また、順序数 α が無限集合ならば、 0 以外の任意の自然数 n に対して n ⊕ α = α が成り立ちます。
順序数の積
同じく2つの整列集合 (a, f) , (b, g) に対し、今度はその「直積」を考えます。 直積 a × b の元 (x, z) , (y, w) に対して、 逆辞書式順序と呼ばれる
という順序関係を導入すると、 この直積集合も整列集合になります。
この整列集合を使って、 順序数 α = ord a , β = ord b の積を
で定義します。
a, b が自然数の場合、 この定義は自然数の和に一致し、交換法則もなりたちます。
しかしながら、 一般的には順序数の積は交換法則を満たしません。 例えば、詳しい説明は省略しますが、 ω ⊗ 2 > ω という関係は成り立ちますが、 その逆は 2 ⊗ ω = ω であり、 ω ⊗ 2 ≠ 2 ⊗ ω になります。 また、⊕ と ⊗ の間には分配法則も成り立ちません。
基数
有限集合の場合、元の数が等しければ互いに同値でした。 ある集合と同値な自然数があればそれを元の数と呼びます。 これに習って、無限集合の場合、 集合と同値な順序数をもって元の数(の拡張概念)としたい所なのですが、 1つ問題があります。
「順序数」の説明で述べましたが、 順序数の大小関係としては、 ω ⊗ 2 > 2 ⊗ ω = ω という関係が成り立ちます。 しかしながら、集合の同値関係としては、(同値を ~ で表すと) ω ⊗ 2 ∼ 2 ⊗ ω ∼ ω が成り立ちます。 この例からも分かるように、 ある集合と同値な順序数というのは1つに確定しません。
しかしながら、 証明は省きますが、 ある集合 aと同値な順序数の中で最小の順序数ならばただ1つ確定します。 そして、このような順序数を a の基数(cardinal number)と呼び、 |a| または card a で表します。
濃度
「基数」の考え方により、 互いに同値な集合に対してただ1つ定まる「数」が定義されました。 そこで、集合 a の基数を 「互いに同値な集合に共通の基本的な性質」という意味で、 a の濃度(cardinality:基本的な性質)と呼びます。
有限集合の場合には、濃度は元の数に一致します。 それでは、無限集合の場合にはどうなるでしょうか。
可算濃度
自然数 ω は最小の無限集合になります。 この自然数 ω の濃度を可算濃度(countable cardinality)と呼び、 א0 (アレフ0と読みます)で表します。 また、可算濃度を持つ集合を可算無限集合(countable infinite set)と呼びます。
自然数と同型になるような集合は 1, 2, 3, .... と番号を振っていくことが出来るので、 自然数で数え上げることが可能 = 可算(countable)ということです。
余談になりますが、 この記号 א は、 ヘブライ文字の1文字目で、ギリシャ文字のα、ローマンアルファベットの a の元になった文字です。 無限基数の中で小さいものから順に、 א0 , א1 , א2 , ・・・ と表します。 昔は、 無限基数を小さいものから順に、 ヘブライ文字の第 n 文字目で表していました (aleph, beth, gimel, daleth, ・・・)が、 読めないし、写植の上でもなかなか表示できないので、 アレフの右下に添字を付ける今の表記法になりました。
それでは、自然数以外のよく知られた無限集合の濃度はどうなるでしょうか。
の濃度
自然数 n と自然数全体の集合の直和 ω ⊕ n は互いに同値です。 (可算無限集合に、有限個の元を加えても可算無限集合のまま。) 例えば、以下のような写像を考えると、 ω ⊕ n → ω の全単斜になります。
x | (x ∈ n) |
x + n | (x ∈ ω) |
したがって、 可算濃度 א0 は、 任意の自然数 n に対して、
です。
また、 自然数全体の集合 ω と、その直積集合 ω2 = ω×ω の間には、 図2に示すように1対1の関係を作ることが出来ます。
要するに、
f(m, n)
=
(m + n)(m + n + 1
) + n
という写像
f: ω×ω → ω
を作ると、
これは
ω×ω → ω
の全単斜になっています。1
2
したがって、集合としては ω と ω2 は「同値」になり、 これらの濃度は等しくなります。 さらに、 0 以外の任意の自然数 n に対して、 ω と ωn も同値になり、 これらの濃度も等しくなります。
このことから、 可算濃度 א0 は、
です。
これらの性質は無限集合独特のものです。 有限集合の場合、 真部分集合の濃度は元の集合の濃度よりも小さくなりますし、 直積集合の濃度は元の集合の濃度よりも大きくなりますが、 無限集合の場合にはこれが成り立ちません。
整数の濃度
整数 Z は、 集合的には (同値な集合は互いに等しいものとすると) N ⊂ Z ⊂ N × N になります。 (整数の定義の仕方は「整数」を参照。)
このことと、 N と N × N が同値なことから想像がつくように、 N と Z も同値であることが示せます。 (2つの集合 a, b に対して、 |a| ⊂ |b| ∧ |b| ⊂ |a| ⇒ |b| = |a| という定理がある(Bernstein の定理)。) したがって、整数 Z の濃度も可算濃度になります。
有理数の濃度
整数のときと同じで、 有理数 Q は、 集合的には (同値な集合は互いに等しいものとすると) Z ⊂ Q ⊂ Z × Z になります。 (有理数の定義の仕方は「有理数」を参照。)
さらに、 Z と Z × Z は同値であり、 したがって、有理数 Q の濃度も可算濃度になります。
無限濃度に関する性質
まず、可算濃度 א0 よりも大きな無限濃度が存在することについて説明します。 (といっても、ところどころ証明は省き、概要説明だけになりますが。)
(有限・無限を問わず) ある集合 a に対して、 その「冪集合」 P (a) の濃度は 2 |a| になります。 そして、証明は省きますが、 a と P (a) の間には全単写が存在しない (= 同値にはならない) ので、 |a| < 2 |a| になります。
ここで、a の部分に自然数全体の集合 ω を入れると、 א0 < 2 א0 となり、可算濃度よりも大きな濃度が存在することが分かります。 可算濃度よりも大きな濃度を持つ集合を 非可算集合(uncountable set)と呼びます。 また、この式から、無限濃度がいくらでも作れることが分かります。
証明は省略しますが、 無限濃度に関して、 α を無限濃度、 β を濃度として、 以下の定理が成り立ちます。
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β ≦ α ⇒ α + β = α
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0 < β ≦ α ⇒ αβ = α
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nを非0の自然数として、 αn = α
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α < 2α
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2 ≦ β ≦ α ⇒ 2α = βα
まとめると、 2 ≦ β ≦ α であるような濃度 β に対し、
となり、 見ての通り、 有限濃度(= 自然数)の場合と大きく異なります。
連続濃度
自然数、整数、有理数の濃度はいずれも א0 でした。 しかし、実数の濃度は 2 א0 > א0 になります。 このことは以下のようにして示されます。
「実数の定義」で説明したように、 実数は有理数のコーシー列の零数列による剰余体です。 このことから、 集合的には実数は有利数列 Q ω の部分集合であり、 | R | ≦ 2 א0 が示されます。
なので、あとはこの逆 | R | ≧ 2 א0 を示す必要があるわけですが、 そのために、 { 0, 1 } の数列 2ω ( ω → 2 = { 0, 1 } の写像) を考えます。 数列 an ∈ 2ω に対して、 以下のようなものを作ります。
∑ |
i ∈ ω |
ai |
3i |
分母は 2 より大きい実数ならなんでもいいんですが、 この和は実数の値に収束します。 したがって、 数列全体の集合 2ω は実数の部分集合と同値になり、 | R | ≧ | 2ω | = 2 א0 が示されます。
以上のことから、 | R | = 2 א0 が示されました。 「無限濃度に関する性質」で説明したとおり、 2 א0 > א0 であり、 実数の濃度は可算濃度よりも大きいことになります。 この実数の濃度を連続の濃度あるいは連続体濃度(cardinality of continuum)といい、 א = 2 א0 (添字なしのアレフ)で表します。
連続体仮説
これまでに、 א0 < 2 א0 すなわち、 「可算濃度可算無限」 < 「連続体濃度」 であることを述べました。 ここで1つ別の疑問が生じます。 それは、 א0 と 2 א0 の間に位置する濃度が存在するのかどうかという疑問です。
無限濃度は無数にあり、 また、濃度には順序がありますので、 それを小さい方から א0 , א1 , א2 , ⋯ と添字を付けて表します。 この記法に従うと、 先ほどの疑問は 「 א1 = 2 א0 」 が成り立つかどうかということになります。 この命題を「連続体仮説」と呼びます。 より一般化すると、 任意の自然数 n に対して、 「 אn+1 = 2 אn 」 が成り立つかどうかという命題になり、 これを「一般連続体仮説」と呼びます。
さて、この疑問に対する答えですが、 実は、 「ZFC公理系」 の範囲では否定も肯定も出来ません。 すなわち、 「ZFC が無矛盾だとすると、それに連続体仮説を加えた公理系も無矛盾」 と 「ZFC が無矛盾だとすると、それに連続体仮説の否定を加えた公理系も無矛盾」 がどちらも証明されています。