概要
「フーリエ変換」における微分を表す変数 iω を s と置いて、微分方程式の解析を行うのが「ラプラス変換」です。 これに対して、 離散関数のフーリエ変換(「離散関数のフーリエ変換 離散フーリエ変換」参照)における時間シフトを表す変数 exp(i Tsω) を z と置いて、差分方程式の解析を行うのが Z 変換です。
アナログシステム(連続信号)は微分・積分を用いて表現するのでラプラス変換を用いてシステム解析を行います。 一方、ディジタルシステム(離散信号)は差分・和分を用いて表現するので Z 変換の出番となります。
Z 変換の定義
離散関数 f[k] に対して、
∞ |
∑ |
k=-∞ |
で表される変換をZ 変換(Z transform)といいます。
この式は、離散関数のフーリエ変換の式中の exp(i Tsω) (Ts は定数(サンプリング周期)、ω は実数変数)の部分に z (z は複素数)を代入したものになっています。 フーリエ変換では、サンプリング周期分の時間シフトは exp(i Tsω) に変換されます。 すなわち、Z 変換の変数 z は1サンプル分の時間シフトに相当するものです。
「ラプラス変換」の場合と同様に、因果的な関数のみを対象とし、 級数和の範囲を k ≧ 0 に制限する場合もあります。
∞ |
∑ |
k=0 |
ラプラス変換のときと同様に、 -∞から始める方を両側 Z 変換、 0 から始めるほうを片側 Z 変換といいます。
簡単化のために、以下のように、Z 変換を記号 Z (筆記体の Z)で表します。
これもまた、ラプラス変換のときと同様に、 Z 変換後の関数 F(z) を伝達関数と呼びます。 ラプラス変換の F(s) も伝達関数と呼ぶため、 この2つを同時使う場合には、 F(s) をアナログ伝達関数、 F(z) をディジタル伝達関数などといって区別する場合もあります。 (ディジタル信号処理における用語。)
Z 変換の性質
フーリエ変換の性質から簡単に導き出すことができるので細かい説明は省略しますが、 Z 変換は以下のような性質を持っています。
線形性
時間シフト
両側 Z 変換では、時間シフトは z の多項式倍に変換されます。
f[t + n](変換後には zn)を時間進み、 f[t - n](変換後には z-n)を時間遅れもしくは遅延(delay)と呼びます。 時間進みが生じるようなシステムは実時間処理で実現することはできません。
ちなみに、片側 Z 変換においては、 片側ラプラス変換のときと同じような感じで定数項が残ります。
n - 1 |
∑ |
k=0 |
差分方程式
連続システムは微分方程式を用いて表しますが、 それに対して、離散システムは差分方程式というものを用いて表します。 差分方程式というのは、例えば、
N-1 |
∑ |
n=0 |
(an は定数) というように表されます。 (このような形式で表されるものは、 差分方程式の中では単純な部類に属するもので、線形時不変差分方程式と呼ばれます。 まあ、分かりやすくいうと、高校の数学で漸化式として習った奴です。 )
ここで、この式を Z 変換してみると以下のようになります。
N-1 |
∑ |
n=0 |
この式中の () の中身、なんとなく Z 変換の定義式と同じっぽく見えませんか? 実際、以下のような離散関数
ak | (0 ≦ k < N) |
0 | (その他) |
を用意し、H(z) = Z[h[k]](z) と置くと、この式は
となります。
ここまで説明すれば大体もう検討が付くかと思いますが、 Z 変換は差分方程式を解く(離散システムを解析する)ために用いられます。
ちなみに、差分方程式を簡潔に書き表すための便法として、 遅延演算子というものがあります。 遅延演算子 D は以下のように定義されます。
この記法を用いると、先ほどの差分方程式は以下のように表すことができます。
N-1 |
∑ |
n=0 |
特に説明の必要もないと思いますが、 遅延演算子の Z 変換は z-1 になります。 したがって、H(D) の Z 変換は H(z-1) となります。
逆変換
逆変換の式
逆変換の式もラプラス変換と同じように、 逆フーリエ変換の式に z = exp(i Tsω) という関係式を代入し、 積分区間を変えたような形になります。 具体的には以下のような式になります。
1 |
2πi |
|z| = 1 |
なんか∮とかいう記号が出てきて、 複素関数解析の分野に慣れていない人にはちょっとわけの分からないことになっていますが、 まあ、分からなくても問題ありません。 ラプラス変換のときと一緒で、この式を直接使うことはあまりありませんので。
変換公式を頼りに逆変換
Z 変換も、部分分数分解と公式だけ使ってたいていのものを逆変換できます。 どうやるかを説明する前に、以下の公式を見てください。
∞ |
∑ |
k = 0 |
1 |
1 - r |
いわゆる、等比無限級数の公式ですね。 では次に、この式に r = a z-1 を代入してみましょう。
∞ |
∑ |
k = 0 |
1 |
1 - a z-1 |
この式を見ていれば分かるかと思いますが、
の逆 Z 変換は、1 1 - a z-1
ak | (0 ≦ k < N) |
0 | (その他) |
になります。
部分分数分解を使えば z-1 の有理式をこの形に分解できるので、 有理式の逆 Z 変換が可能になります。
級数展開
有理式以外の場合ですが、 ラプラス変換と比べればずいぶんと簡単で、 要は F(z) を
∞ |
∑ |
n=-∞ |
という形に級数展開できれば、 係数 an がそのまま F(z) の逆 Z 変換 f[k] = an になります。
級数展開というと、テイラー展開や「ローラン展開」ですね。 まず、F(z) が因果的な場合には、 y(x) = F(x-1) がテイラー展開可能で、
1 |
k! |
となります。 (k < 0 のときは f[k] = 0。)
F(z) が非因果的な場合には、 y(x) = F(x-1) を「ローラン展開」することで、
1 |
2πi |
|x|=1 |
y(x) |
xk+1 |
となります。 この式も、実用上はあまり使いませんので、 複素解析やローラン展開が分からない人は無視してもらって構いません。
ちなみに、このローラン展開の式において、z = x-1 と置いて変数変換すると、
1 |
2πi |
|z| = 1 |
となって、最初に示した公式と一致します。
安定性
フーリエ変換との間に、 ラプラス変換は s = iω、 Z 変換は z = exp(i Tsω) という関係を持っています。 この2つの関係式から ω を消去すると、
という関係式が得られます。 ラプラス変換は、
-
伝達関数F(s)が複素平面の右半面(実部が正)の範囲に極を1つでも持つとき、解は不安定。
-
伝達関数F(s)の全ての極が左半面(実部が負)のとき、解は定数の収束する。
-
伝達関数F(s)の極が虚軸上(実部が 0)にあるとき、定常応答(sin, cos)が現れる。
という特徴を持っていました。 先ほどの関係式から、 s の実部が正のとき |z| > 1、 s の実部が負のとき |z| < 1 となることが分かるかと思います。 したがって、Z 変換は、
-
伝達関数F(z)が単位円の外側(|z| > 1)の範囲に極を1つでも持つとき、解は不安定。
-
伝達関数F(z)の全ての極が単位円内(|z| < 1)のとき、解は定数の収束する。
-
伝達関数F(z)の極が単位円上(|z| = 1)にあるとき、定常応答(sin, cos)が現れる。
という特徴を持つことになります。
一応、簡単な例を挙げて、
本当にこの条件で解の安定(解が発散)・不安定(解が収束または定常応答になる)が分かれるかどうかを確かめてみましょう。
「逆変換」で説明したように、
の逆 Z 変換は ak になります。1 1 - a z-1
の極は z = a です。
また、ak は
|a| < 1 のとき 0 に収束(安定)、
|a| = 1 のとき振動(安定)、
|a| > 1 のとき発散(不安定)します。
この例から、極の絶対値が 1 以上か 1 未満かで安定性が変わることが分かるかと思います。1 1 - a z-1
周波数特性
最初に述べたように、 計算上、Z変換は「フーリエ変換」の時間シフトを表す変数 exp(i Tsω) を z で置き換えたものです。 したがって、 「ラプラス変換」のときと同様に、 Z変換の結果得られた伝達関数 F(z) の z の部分に exp(i Tsω) を代入したもの F(exp(i Tsω)) はシステムの周波数特性になります。
ラプラス変換とZ変換の関係から、 「z を exp(i Tsω) で置き換える」 という操作は、 ラプラス変換における 「s を iω で置き換える」 という操作と同じ意味を持ちます。 (z の絶対値を 1 に固定することになり、 ラプラス変換で s の実部を 0 にすることと同じ意味合いを持ちます。) すなわち、「過渡解を無視する」ということになります。
したがって、ラプラス変換のときと同様に、以下のようなことが言えます。
-
Z変換は離散システムの安定性や過渡解の解析に用いる。
-
安定性が保証され、かつ、過渡解が無視できる場合、z = exp(i Tsω)と置くことで伝達関数から周波数特性が得られる。
執筆予定
z 平面上の安定な領域を図示。 差分方程式に具体例を追加したい。