概要
多様体の話に入る前に、 座標系というものの復習をしましょう そのために、ここではまず、 複雑なものは考えず、単純な線形座標系について説明したいと思います。
それも、特に単純な場合として、 2次元の実数ベクトル R2 を中心に説明しますが、 ここでの説明は一般の体 K の任意の次数のベクトル空間 Kn に対して成り立ちます。
ちなみに、非線形な座標系でも、 各点の近傍を微視的な視点で見ると線形になっているので、 まずは線形な座標系のイメージを掴んでもらうと、 非線形な場合の理解も早まるかと思います。
ベクトルの座標
最初に述べたように、2次元の実数ベクトル R2 に関して説明します。
R 2 上のある点 p が 2つのベクトル a1 , a2 の線形結合
で表されるとき、 (x, y)T を点 p の {a1 , a2} に関する座標(coordinate)といいます。 (右肩の T の記号は転置を表します。)
R 2 上の全ての点は {a1 , a2} に関する座標で表すことが出来るわけで、 このとき、R2 に座標系(coordinate system)が導入されると言います。 (正確には、座標系の原点も指定する必要がありますが、特に断りのない場合、 (0, 0)T を原点とします。)
また、 この2つのベクトル a1 , a2 を、座標系の基底(base)あるいは基と言います。 基底の集合 {a1 , a2} 自体のことを座標系という場合もあります。
a 1 = e x = (1, 0)T, a 2 = e y = (0, 1)T の場合がいわゆる正規直交座標です。 一般には、 a1 と a2 が平行でさえなければ任意のベクトルを使ってかまいません。
先ほどの式は、 x = (x, y)T, A = (a1 , a2) と置くと、
というように、行列の形で表すことができます。
座標変換
座標の取り方は一通りではなく、 同じ空間を表すのに複数の座標系が存在します。 ここでは R2 を表す2つの座標を考え、 それらの基底を A = (a1 , a2), B = (b1 , b2) で表します。
ある点 p を、この2つの基底を使って表した座標をそれぞれ xa = (xa , ya)T, xb = (xb , yb)T としましょう。 この2つが同じ点を表すわけですから、当然、
が成り立ちます。 したがって、2つの座標の間には、以下の関係式が成り立っています。
この式により、 ある座標系から他の座標系への変換が可能です。 このような変換を座標変換(cooridinate transformation, cooridinate conversion, cooridinate change)と言います。
双対空間
体 K 上の線形空間 V に対し、 V → K の線形写像全体の空間 V* = {f : V → K | f は線形写像} を V の双対空間(dual space)と言います。
実数ベクトル Rn の場合、 線形写像 Rn → R は ベクトルの内積で表されます。 例えば、2次元の場合、 (x, y) ∈ R2 に対して、 内積 a x + b y(a, b ∈ R) を取ると1つの実数値が得られ、 これは R2 → R の線形写像になっています。
内積の形で表されることからも分かるように、 双対空間の双対空間は元の空間と一致します(V** = V)。 双対(dual:2つ組の)という言葉はこのことに由来します。
2次元実数ベクトルの話に戻りますが、先ほどの線形写像は2次元のベクトル (a, b) で表されています。 すなわち、 R2 の双対空間は R2 自身と同型な空間になります。
詳しい証明はしませんが、 このことは一般の線形空間についても成り立ち、 体 K 上の n 次元線形空間 Kn の双対空間は、 やはり K 上の n 次元線形空間になります。
では、なぜ、結局元と同じ空間になるのにわざわざ双対空間などと言うのかですが、 それは以下で説明する双対座標の座標変換を見ていただければはっきりすると思います。
双対座標
先ほどの説明では、座標系の話はあいまいにぼかして説明していましたが、 ここでは双対空間に座標系を導入することを考えて見ましょう。
体 K 上の n 次元線形空間 V が基底 vi(i = 1 ~ n) の座標系を持っているものとしましょう。 そして、V の双対空間を V で表します。 先ほど説明したように、 V も n 次元線形空間になります。 したがって、V* にも n 個の基底 fi(i = 1 ~ n) を用意して座標系を導入できます。
f i は V の元 xに対する線形写像で、 写像の値 fi(x) は体 K の元になります。 以下、 fi(x) の括弧は省略して、 単に fix と書き表します。
基底 fi は任意に選ぶことができるため、 元の空間の基底 vi との関係が明瞭になるように恣意的なものを選びます。 fi と vi の関係が最も明瞭なのは、 以下の条件を満たすように選んだ時でしょう。
δij はクロネッカーのδで、 i = j のときだけ1、それ以外の時には 0 を表す記号です。 このような条件を満たす基底 fi を、 vi の双対基底(dual base)と言います。 そして、双対基底による双対空間上の座標を双対座標(dual coordinate)と呼びます。
それぞれの基底を行列で表し、 V = (v1, ・・・ , vn), F = (f1, ・・・ , fn), とすると、
という関係が成り立ちます。
元の空間上の点 p は、 座標 x = (x1, ・・・ , xn) により、
n |
∑ |
i=1 |
で、 双対空間上の点 q は 座標 y = (y1, ・・・ , yn) により、
n |
∑ |
i=1 |
で表されることになりますが、 p と q の内積をとると、
n |
∑ |
i=1 |
となり、それぞれの座標の値を、数ベクトルの内積と同じルールで積和したものと一致します。
双対座標の座標変換
「座標変換」では、 同じ点 p の、 2つの基底 A = (a1 , a2) と B = (b1 , b2) を使って表した座標をそれぞれ xa = (xa , ya)T, xb = (xb , yb)T とすると、
という変換法則が成り立つことを説明しました。 これに対して、双対座標の場合にはどのような変換法則が成り立つのかを見てみましょう。
A, B の双対基底をそれぞれ A = A-1・T, B = B-1・T と表します。 双対空間上の点 q の、 これらの基底を使った座標をベクトル表現でそれぞれ ya , yb で表すと、
になるわけですが、 ここに元の基底と双対基底の関係式を代入することにより、 以下のようになります。
この式が双対座標の座標変換の式であり、 元の座標の変換式とは異なる形になります。
双対空間は、 線形空間としての構造は元の空間と同じ (Kn の双対空間はやはり Kn)ですが、 このように、 双対座標系を導入しその座標変換を考えると 元の空間の座標変換と異なる変換法則が得られます。
反変座標と共変座標
これまでの話を少し違った視点から見てみましょう。 基底 A を用いて、 p = Ax の形で点 p を表す座標 x を単に座標と呼び、 p = A-1・Ty の形で表す座標 y を双対座標と呼ぶ、 というように考えることも出来ます。
反変座標
まず、前者、 p = Ax で表される座標 x について考えてみましょう。
単純化のため、2次元の場合について考えます。 x = (x, y)T, A = (a1 , a2) とすると、 この式は、 基底 a1 , a2 の線形結合を表しています。 この表現方法は、図的に考えると図1のようになります。
ところで、この方式を取ると、 基底 a1 , a2 がそれぞれ g 倍、h 倍になると、 座標 x, y はそれぞれ 1/g 倍、1/h 倍になります。 これは以下の式から示されます。
x |
g |
y |
h |
そのため、この方式で表された座標、 すなわち、先ほどまで単に座標と呼んでいたものを、 基底と反対の変化をすると言う意味で、 反変座標(contravariant coordinage)とも呼びます。
共変座標
では、後者の p = A-1・Tx で表される座標について考えてみましょう。
このままではちょっと分かりづらいんですが、 先ほどと同様に、 x = (x, y)T, A = (a1 , a2) とすると、 x, y は、
になります。 すなわち、基底との内積の値を座標にしていることになります。 反変座標と比べると、少しイメージが沸きづらいですが、 少々無理やりに、図的に表すと図2のようになります。 (少しごまかしあり。あくまでイメージを表す図です。)
さて、この方式を取った場合には、 基底 a1 , a2 がそれぞれ g 倍、h 倍になると、 座標 x, y もそれぞれ g 倍、h 倍になります。
そのため、この方式、すなわち、双対座標を、 基底と同じ変化をすると言う意味で、 共変座標(covariant coordinate)とも呼びます。
ちなみに、定義から明らかですが、 正規直交座標を用いる場合には反変座標と共変座標は一致します。